ピンク色の

私が私でいられるように書きます。

自分の敵は自分

二十歳になる前に死のうと思っていた。だけど来月で22歳。

二十歳になったら大人の仲間入り。大人として扱われるわけだ。

犯罪を犯せば実名が晒されるし、いろんな契約だって一人で結べるし、お酒もタバコもオッケーだし。

 

今、高野悦子さんの、「二十歳の原点」という本を読んでいる。

ネタバレしてしまうかもしれないので、したくない方は読まないでください。

高野さんは今はもう亡くなっている。自殺している。

遺書的なものであり、彼女が生きて、もがいた記録である。

以前から読みたいと思っていたけど、書店にも置いてなく、某通販でも入荷待ちで、

先日やっと入荷したところを手に入れた。

 

実はまだ全部読んでいなくてちょうど半分くらい読んだところだけど、ここまで読んだ時の思いを書きたくなった。読み終わったらまた書くかもしれない。多分。

 

時代は1969年。学生運動が盛んな時代である。その時代のことがよくわからなかったので若干読みにくかった。一度サッと調べてから読むと読みやすくなる。

(色んな用語が出てくるので途中ごっちゃになってしまった・・)

彼女は学生運動を通して、自分自身を見つめ、自分自身を探していた。

学生運動は「若者のエネルギー」として書かれている反面、彼女は自分にはあのような情熱がないことに、生きる意味を見いだせていなかった。

本書は彼女がつけていた日記が載せられており、彼女視点で進んでいく。

彼女と同年代であるからか、苦悩がすごく理解できた。

 

二十歳になる前の自分は何を思っていたのか、手帳を引っ張り出してみた。

十九歳最後の日には、『トリートメント、パック、スクラブで全身完璧にした。去年はサークルのメンバーに祝ってもらえたけど、もう戻れない。明日二十歳の決意表明書こう。』と書いてあった。

二十歳になった日には『二十歳です。酒もタバコもオッケーです。自分の誕生日って怖い。二十歳になった決意表明、自分の考えをちゃんと持って行動する。人の気持ちをわかるようになる。内面外面レベルアップ。生きる(とりあえず)』と書いてあった。

やっぱり、二十歳になったからってなにもガラッと成長するわけでもないのに何か区切りをつけたかったんだな。

二十歳になる前に死のうと思っていたのも、大人の自分がイメージできなくて、きっと大人にはなれないし、怖いと思っていたから。

ずっと十九歳でいられたらなぁって思ってた。

 

人間に反抗期が来るのは、アイデンティティーを確立するためだと昔習った。

他者と自分をぶつからせながら、自分を確立していく時期なんだと。

自分は何なのか。二十歳を過ぎた今でもわからない。

 

‘人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、不完全でありその不完全さを克服しようとするところにあるのだ。‘

 

不完全さを克服しようとする過程の積み重ねで、人間は成長するのだと思う。

でも、完璧な人間はいないと言われるように、それには終わりがない。

 

彼女は独りであると感じている。話せる友人も、サークルにも入っているけれど、人間は独りであると何度も言っている。

他者に対して演技をしている方がいいのだと。そうでなければ、簡単に付け込まれてしまうと。

本当の自分を見せられないのは苦しい。わかってほしいのに、わかってほしくない。

普段親しくしている友人も、本当の自分ではなく、演技している自分と仲良くしてくれているのだと感じるから、孤独に感じるのかもしれない。

本当の自分をわかってやれるのは自分だけ・・

こういう意味では人間はみんな独りである。

 

彼女は血を見ることで、生きているのだと実感していた。

からっぽの中身にもきちんと隅々まで血が通っている。生きているのだと実感できた。

生きていると実感するには何か刺激が必要だと思う。

他者との関わりもそうだし、他社が自分の存在を認識してくれるからこそ、自分で自分を認識できるから。

何かエネルギーとなるようなものや、ふつふつと込み上げてくる感情を持たなければ生きている意味を見いだせない。

ただ生きるための作業をしているだけになってしまう。

 

私もよく生きている意味を考える。

大した情熱もないし、最近はますます他者との関わりを拒むようになってしまった。

部屋に篭もり、延々とパソコンに向かったり、本を読んだり、あてもなくスマホをいじったり・・

何か生産性のあることをしなければと思えば思うほど、焦燥感で何もできなくなるし、終いにはどうせ死ぬんだからいいかって思ってしまう。

何かもっと情熱を注げるものがあったらいいのに、常に自分の傍観者である。

 

まだ半分なので、とりあえず思ったことを書いてみた。

早く最後まで読みたい気持ちと、一気に読んでしまうのはもったいないという気持ちがある。

彼女はどんなことを思いながら死んでいったのだろうか。

 

死んでも負けではない。